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PROFILE

会社案内

会社概要

会社名
株式会社服部
本店所在地
〒668-0022
兵庫県豊岡市小田井町13番25号
支店所在地
〒111-0052
東京都台東区柳橋2-5-3
代表者
代表取締役社長 服部清隆
設立
1971年10月15日
社員数
16名
主な業務
各種の鞄・袋物、財布など革小物、関連商品の企画・製造・販売 法人様を始め各種のOEM生産

企業理念

カバンを始め関連する商品づくりを通して多くの感動を提供し 人々の豊かなライフスタイルに貢献します
伝統を未来へ繋ぐ、服部の“ものづくり” わたしたち「服部」の歴史は、天保元年(1830年)に服部庄兵衛が京都で「伊勢屋庄兵衛」という家号で創業したことからはじまります。後に、明治18年(1885年)に服部藤輔が旅行用品雑貨問屋として「服部商店」を創設した時に、現代まで連なる「服部」という屋号が誕生しました。 明治39年(1906年)には「服部合名会社」初代社長の服部清三郎が豊岡で生産していた「柳行李製品を携帯使用に」と考え苦心の末、“鞄型柳行李”を創案したと伝えられています。 “柳行李(やなぎこうり)”とは、奈良時代以前から豊岡で作られてきた“豊岡杞柳細工”と呼ばれる国が指定した伝統工芸品の籠細工で、時代に合わせて姿を変えてきた“豊岡かばん”の源流です。 “柳行李”を源流とする“豊岡かばん”、そして「服部」の長い歴史と伝統を守りつつ、現代の生活様式の変化に合わせて、宝物をもつような満足や喜び、感動するような“ものづくり”に尽力します。

代表挨拶

カバンを始め関連する商品づくりを通して多くの感動を提供し 人々の豊かなライフスタイルに貢献します 弊社は、時代と共に変化する人々の価値観や生活様式に対応し続けてきました。 長年のノウハウと新たな技術の融合に努め、エコロジーな商品とユニークな市場の創出に挑戦し続けます。 モノづくりは1人の力ではできません。関わる全ての人々と志を共にお客様のご期待以上に努めます。
服部清隆の写真

株式会社服部 代表取締役社長

服部清隆

沿革

1830年1月
社史で初代としている服部清三郎の二代前の服部庄兵衛(弁弥から改名)が、天保元年(1830年)に京都市で、「伊勢屋庄兵衛」という家号で創業。
1885年1月
明治18年(1885年)に服部藤輔が旅行用品関連雑貨問屋として服部商店を京都市(下京区烏丸仏光寺下る)で創設しました。
1910年1月
法人設立明治43年(1910年)に、服部清三郎が鞄嚢(ほうのう)雑貨卸商として、服部合名会社を京都で設立し、全国主要都市に販売網を拡大しました。
1911年1月
明治44年(1911年)には、兵庫県豊岡市(現在の本社地)に柳行李(やなぎごうり)の仕入部を設置し、翌年明治45年(1912年)には、大阪市内(東区博労町二丁目18)に支店を設置しました。法人設立後は旅行用品だけではなく革靴など多品種の卸業を行い、各地への営業展開をしており、その後はフィリピン、大陸満州、上海と販売網は海外にもおよびました。
1913年1月
大正2年(1913年)、豊岡仕入部を支店に昇格し店舗を新築しましたが、大正14年(1925年)の北但馬震災で倒壊。昭和2年に社屋を再建しました。島藤(現:戸田建設)の設計・施工。一部手を入れておりますが、現在の本社は当時建設した建物です。
1915年1月
大正4年に柳行李の強度を増すための「柳行李縁金具」の特許を取得し、補強ベルトの十字止金具を考案し、大正時代から昭和初期にかけて開催された国際博覧会に出展し多数の受賞をしました。
1924年1月
大正13年(1924年)に大阪支店代表だった服部作次郎が二代目社長に就任しました。作次郎は、大阪鞄協会会長(第5代)、大阪鞄商工同業組合組長を歴任し、業界の活動にも尽力していました。
1944年1月
昭和19年(1944年)に、戦災で大阪支店が焼失し、京都本店は強制立ち退き(隣が五条警察署のため)で取り壊しを受けて、両店とも休業状態に入りました。翌年(1945年)に本社を豊岡市に移転し、服部清之助が三代目社長に就任し、終戦の年に豊岡の「服部」となりました。
1971年1月
昭和46年(1971年)には、株式会社服部を設立し、服部合名会社の営業権を継承しました。昭和52年(1977年)に服部隆一が社長に就任し、メンズバッグを中心としたオリジナル商品を手掛けてきました。
2012年1月
平成20年(2012年)に現社長の服部清隆が就任し現在に至ります。