PROFILE
会社案内
会社概要
会社名 | 株式会社ダイカスト佐藤工業 |
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所在地 | 〒987-0284 宮城県遠田郡涌谷町猪岡短台字元舘下30番地 |
代表者 | 代表取締役 佐藤 克博 |
設立 | 1976年8月6日 |
社員数 | 27名 |
主な業務 | アルミ鋳物の鋳造、販売 |
企業理念
【何事に対しても常に挑戦者であれ!】 【ひとたび挑戦を始めたら完結せよ!】 私たちは鋳物造りをとおして 人としての誠を学び、 人としての道を学び、 人としての和を学び、 日々、努力し常に、挑戦し続ける。
【経営基本方針】
私たちは、アルミ鋳物を造る、プロの集団として、選りすぐれたものを提供するために、
技術の向上に、常に挑戦し完結します。
お客様のニーズを確実に把握し、製造に関してのコンサルティングを含め、
高品質のアルミ鋳物製品の提供に挑戦します。
従業員相互の、和合をはかり、切磋琢磨し、個々の能力の向上をはかり
豊かな生活の確立に挑戦します。
技術の向上に、常に挑戦し続け、経営の安定、継続に努め、地域発展に貢献できる
企業になりうるために挑戦し続けます。
代表挨拶
弊社では毎年目標とする会社の在り方を漢字一文字に表し、その一文字を全員で体現できるよう日々意識合わせをしながら鋳造品を製作しております。
漢字一文字は書道を得意とする従業員へお願いして色紙1枚全部を使い一文字を表現するよう描いていただき現場へ掲示しております。
(工房紫霞:https://instagram.com/koubou.shika.shodo?igshid=YmMyMTA2M2Y=)
2022年の一文字は【対】という漢字を全員で体現できるよう取り組んで参りました。
一文字に対を選んだ理由は、2020年末に代表の交代もあり、事業継承や鋳造現場での緊急対応等様々な場面で、私含め若手幹部の力不足が露見しておりましたので、先輩方の知識や技術を直に吸収できるよう指導をする側、指導受ける側の双方が二人一組【対】となり様々な継承を進めていきたい、という思いから選びました。
今年を振り返ると、コロナでの自宅待機なども含めた従業員の急な休みや設備故障による工程変更など様々な場面がありました。
今までであれば専属の職人がいないと出来ないと嘆くばかりでしたが、多能工化が進み臨機応変に対応できた一年であったと思います。
来年の一文字は全体での対応能力を上げていきたいと考えておりますので、再度【対】とするか、【応】とするか検討中でございます。
今年は急速な変革の年であったと考えますので、来年は変化していることへ柔軟に対応できるよう社内体制構築を目標とし邁進して参りますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。
※[写真]向かって左:鋳造2課 課長 阿部寿明、中心:代表取締役 佐藤克博、右:専務 佐藤真俊
(代表と専務の間に【対】が掲示してあります)
株式会社ダイカスト佐藤工業 代表取締役
佐藤 克博
沿革
- 1970年12月
- シェルモールド中子製造販売、鋳物製造開始
- 1976年5月
- ㈱ダイカスト佐藤工業設立、亜鉛ダイカスト製造開始
- 1977年11月
- 亜鉛ダイカスト製造中止、閉鎖
- 1977年12月
- アルミニュウム鋳物製造開始
- 1979年5月
- 横浜市の㈱川和工業所にて全員長期研修
- 1979年12月
- ㈱川和工業所と取引開始、金型鋳造導入製造開始
- 1983年12月
- ㈱平野製作所と取引開始、建設機械関係のインテークマニホールド製造
- 1983年12月
- CO2型からバッチ式自硬性プロセスに切り替え
- 1984年12月
- 自硬性プラントを導入ライン化を実施、飛躍的に生産性を伸ばす
- 1987年12月
- 前橋橋本合金㈱と取引開始、重電(発電所)部品の接続ドウタイ製造
- 1989年9月
- 岩手県滝沢村に生産主体工場、㈲シー・エイ・エル設立
- 1989年12月
- ㈲シー・エイ・エル生産開始
- 1992年11月
- 新工場完成、現在の工場に移転、製造開始
- 1993年8月
- 真空ポンプケース関係鋳造開始
- 1999年12月
- 啓装工業㈱取引開始、半導体製造装置製造開始
- 2000年12月
- ㈱ブイテックス取引開始、バルブ真空装置製造開始
- 2004年12月
- 熱処理工場増設、操業開始
- 2005年12月
- コールドボックス導入
- 2020年11月
- 佐藤陽一が代表取締役退任、取締役会長就任 後任として佐藤克博が代表取締役就任
- 2023年8月
- 溶解炉(1号炉・2号炉)補修・制御盤取付工事